2014年9月20日土曜日

学習塾クライシス



今、未曾有の学習塾クライシスが業界を襲いつつある。


先日ニュースになった代ゼミ陥落。
20校舎の一斉閉鎖は衝撃でした。


代ゼミももちろん馬鹿ではないので、
対策は打っていたのでしょう。
少子化の波はじわじわ
でも確実にやってくるものだったからです。


そして関東で勢力を誇っていた市進学院にも
暗雲が立ち込めているというニュースもありました。
http://www.labornetjp.org/news/2013/0331hokoku


熊本でも気になる塾があります。
○稲田スクールです。


学研傘下で資金力があるにしても、
校舎バンバン建てて生徒集客に走るやり方は
関係者でないにしても心配してしまいます。


それは○進館も同様です。


ここで大手学習塾には二つの大きな動きが出てくるでしょう。


一つは代ゼミと同じように
生徒集客に限界を感じ縮小戦略に走る。


今まで生徒数に事欠かなかった大手の学習塾ほど、
少子化で生徒確保が困難になるだけの今後は
売上の見込みが立たないはず。
となると今の手持ちの資産を維持していくのは困難。
とすると、早かれ遅かれ縮小路線に走るしかありません。


もちろん単なる縮小ではなく事業拡大、
別事業への校舎転用などその中身は様々でしょう。


もしくはM&A戦略。
中小企業とのグループ化で
協力して生徒数確保を目指す方針です。


しかし、これにも限界はあるでしょう。


市場自体にも大きな変化が訪れます。


少子化によって
子ども一人にかけられる教育費が増えるとは言っても
それはあくまでミクロな話。
マクロで考えると経済状況は二極化に移行しつつあります。


1億総中流社会とは十数年前の話で、
今や富裕層と下流の二極化が
進んでいると言われているのです。


さらに高齢化に伴い
親御さん世代には別の問題も降りかかります。
親の介護費用の問題です。
介護費用がかさむようになれば、
おのずと教育費を押さえたいという心理が働きます。
教育費は生活費の多くを占めるだけに
精神的なブレーキがかかりやすい。


そうすると、今まで以上に成果を求められるようになります。
実績がしっかりしているブランドに
信用が集まるかも知れません。
なかなか成績が伸びない状況にクレームが増えるでしょう。
誰もがコストパフォーマンスに意識が向くようになるからです。


となれば、
大手が富裕層向けのサービス強化に走る可能性もあるでしょう。
バリバリの進学塾が本領発揮とばかりに
攻勢を仕掛ける図です。


個別指導塾が盛り上がるかとも考えましたが、
単にマンツーマン体制を売りにしている弱小塾は
人件費の方が重くのしかかり運営は厳しいはずです。
○光義塾のように1対2を標榜しつつも
蓋を開ければ1対3や酷い場合は1対5なんてしてれば、
利益は確保できても子どもたちはいい迷惑です。


ただ、気になるのは大手偏重になった場合の弊害。


大手ほど十把一絡げ教育が得意です。
1対多数の授業スタイルは崩せないでしょうし、
オリジナルテキストは大事な収入減です。
できる者だけ先に進め!付いてこれない奴は置いて行く!
としないと、逆に塾側のコストパフォーマンスが低下します。


となると、最も被害を被るのは子どもたちです。
業界の事情に振り回されて、たらいまわし。
ブランドにすがれど、ブランドは裏を返せば老舗。
つまり時代遅れ教育の代名詞です。
これからの「社会のニーズ」など度外視の
超詰め込みスタイルが売り。
親御さん方の持つ
「進学塾」イメージで成り立っているようなものです。


でも、サービスを受けるのは子どもたち。


これから巻き起こる学習塾クライシスの中で、
振り回されずに必要な能力を育んでいくには
どうすればいいのでしょうか。


その答えはシンプルです。
そう、自分で考えて行動するのです。
そして、もし塾を選ぶにしても、
自分で考える余地をくれる塾を選ぶことです。
決してテキストで縛り、授業で縛り、
宿題で縛る塾には行ってはいけません。


塾は企業です。
自分たちが少子化の中で生き残ることに必死なのに、
生徒たち一人一人の事情にまで気は回りません。
そしてそれは塾が悪いのではなく、
社会の仕組みがそういうものだということなのです。


これは「無責任」ではありません。
むしろ企業の自身存続に対する「責任」ある決断です。
だから生徒自身も
「責任」ある行動を取らなければなりません。
何への責任か。
もちろん「自分へ」です。


自分の人生は自分で選び取っていく。
塾に振り回されるのは塾に頼ろうとしているから。
「決して沈まない船はない」とは
タイタニック号沈没で誰もが分かっているはず。


誰も助けてはくれない。
誰かに頼って結果失敗して、
その相手を責めることはできるでしょう。
でも面倒は見てくれません。
「ごめんなさい」と謝られるくらいです。
どうにもなりません。
自分の人生の責任は自分でしか取れないのです。


「自分で考え行動する」ことが求められる事態が、
もうそこまでやってきています。



熊本の塾『ブレイクスルー・アカデミー』


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