2014年8月14日木曜日

私たちの記憶は“ウソ”でできている!?



今日調べていたことのもう一つはピラミッドについて。
DVD『ピラミッド 5000年の嘘』を
早速帰りに借りて帰ろうかと(笑)


Youtubeで偶然予告編を観てから
一気に引き込まれました。
何に惹かれたのかというと
次のナレーションです。


「単なる偶然だと信じ込むことができても、
 その事実がなくなるわけではない」


現時点で分かっていることから
推測できる仮説が多くの賛同を得ると
それが「定説」とか「常識」と
呼ばれるようになります。


定説や常識と呼ばれるようになると、
もうそのことは解決済みかのように扱われる。
しかし、本当にそうでしょうか。


私たちの記憶は情報からできています。
情報は外から吸収されたものです。
それらをつなぎ合わせて、
自分の価値観と照らし合わせることで、
新たに生み出した情報もあるでしょう。


ただ、前提は外からの情報であり、
それらの情報が「現時点でのもの」なら、
大いに塗り替えられる可能性がある。


しかし私たちは
一度こうだと思ったことを
覆されることを好みません。
するとあまりに突飛な仮説が出されても
受け入れることができないのです。


それが高名な学者さんならなおさらですし、
常識を否定するようなことなら
誰しも顔を曇らせるでしょう。


人は「自分は正しい」と思うことで
自己防衛をすることができます。
意図してそうしようとすることもあるし、
無意識のうちにそうしてしまうこともある。


でも理屈で考えてみたら、
自分の知っている「常識」なんて
断片的かつ一部の情報で創られた記憶に過ぎません。
知らないことの方がはるかに多いはず。


16世紀のヨーロッパでは
ほとんど全ての人間が
「地球を中心に宇宙が回っているんだ」と
本気で思っていました。
でも事実は違いましたよね。


それは全然特別なことではなくて、
これからどんどん起こり得ることなんです。
知らなかったこと、想定していなかったことが
どんどん起こる。


その一つがこのピラミッドの謎なんです。


これまでの「定説」では説明できない事実が
実は沢山あるんです。
後はミッシングリンクを見つけ出せれば
決定的な証拠になるのですが
それがないから覆せないんですよね。


科学者は証拠を重視します。
何事も証拠があって初めて
信じる価値があるものと見なされる。
実績が信じる保証になるのと同じです。
でも、証拠がなくても
「定説」では説明できないことがある
という事実がなくならない以上、
それは「定説」を捨てる覚悟を
持つべき時なんだと思うんです。


証拠がないから信じない。
実績がないから信じない。
自分が傷つかないための防衛線。
ん?ミスチルの歌詞?(笑)
ただ、
それでは夢は持てないってことですもんね、理論上。


さっきのワンピースにしろ
このピラミッドのことにしろ、
本当に自分は何も知らないんだなと感じました。
何も知らずに生きていくことほど
危険なことはない。


でもそのことが
確実に勉強へのモチベーションを上げてくれました。


もっとモノを知らなければならない。
もっと勉強しなければ真理に辿りつけない。


真理に辿り着くためにも、
自分で新たな真理を発掘するためにも、
今以上に勉強に励まなくてはならない。
知れば知るほど見えてくる。
そう腑に落ちた今日です。



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